リスト生前の歴史的ピアノに寄る
ユーリ・マルティーノフの一年ぶりのベートーヴェン。第6番と第2番に続く面白盤。ベートーヴェンのシンフォニーをリストがピアノにアレンジしたレコードは色々と出ているけれども、1837年パリ製のエラールでの演奏です。
終楽章はシンフォニックで、管弦楽曲向きだなっと納得させられる。でも、知らないで聞けばベートーヴェンのピアノ・ソナタだと錯覚させられるだろう。前者は《第7番》で、後者は《第1番》に当てはまる。ベートーヴェンがピアノで作曲を構想していったことが感じられると同時に、リストがピアノで演奏することで光り輝く魔術をかけたからだ。リストのオリジナルとして聴いても居住まいの狭さはないだろう。レプリカではなく、修復されたオリジナルだから感じられた。
レプリカではなく、修復されたオリジナル。Edwin Beunkさんのコレクションで、ブリュッヘン・プロジェクトでアヴデーエワがショパンを演奏した時、この4月の公演のためにオランダから日本へ運ばれたピアノと同じだと思います。こちらは、来日記念盤として2月にリリース済み。ぜひ聴いておきたい。このエラールはペダルがあるモデルですが、現代のピアノとの違う特色は鍵盤の押しこみ加減で音にニュアンスが生まれる。
フレームが鉄ではなく華奢な外見で180年以上も古い、骨董を超えた歴史的文化財にでも日本であれば指定されていそうな楽器なので恐る恐る弾いてみた仲道郁代さんが、『おもいっきり弾いていいですか』と確認。『ご遠慮なく弾いてください。音程が狂わない間はどんなに弾いても大丈夫です』と太鼓判を押されてショパンが使っていたピアノを試奏された番組は印象的でしたが、鍵盤の押し込みが音として反応するのはスピーディー。
ピアノの宿命は鍵盤を叩いて発した音が、放物線を描いてすぐに消えてしまう短さ。ヴァイオリンを弓使いで弾き始めより徐々に音量を大きくする技もかなわない。ピアニストの修練は長年、そこを余韻豊かに、そして音色を膨らませるところにあったと言い切っても良いでしょう。何千人も聴いている大ホールでは必要なことですが、ショパンやリストの時代は違った。オペラさえ現代ではピンマイクを衣装からうなじを廻ってウィッグに仕込まれて演じられる時代です。それでワーグナーの楽劇でも、バロック・オペラの歌手が大向うを張れるようになっている。
録音レベルは低い。そう感じられるほどにエラールの華奢なメカニズムから強靭な音が鳴る。響き渡る一音の余韻は最新のスタインウェイのコンサート・グランドが長いけど、オリジナルは膨らんだ音が濁らない。ピアノの録音としてはオーケストラを録音する時のようなダイナミックスで録られています。だから、アンプのボリュームを上げても強音が潰れることがなく、耳障りな唸りや、うるささがない。
一回目はスピーカーの正面で聴いて、第一印象が強かった。それが玄関先を行ったり来たりしている時に、いつもピアノ曲を再生しているのよりも大きく反響しているのを感じた。ピュアな音だから通りが良いのだろう。台所仕事をしていても音形がマスキングされない。あっ、ショパンやリストの使用人はこういう聞き方をしていたんだなぁ。クララ・シューマンの映画で、シューマンが作曲しているピアノの音を料理人が聞いて涙するシーンが有る。
たとえは変だが、アナログをデジタルに替えて高速になった快適さに似ている。 http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e746507.html
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